気がつくと、見たことのある風景だった。
白が基調のキッチン、壁の戸棚、ピアノ。
「ここは・・・まさか・・・」
「ヤァ、イラッシャイ。」
他人の声にビクッと体を硬直させて振りかえると、見たことのない老人と
表現しようもない物体がこちらに近付いてきた。
「ちあきカラ説明ウケタデショ?ササ、早ク「ノダメ」ニ解毒剤ヲ。」
「はっ?解毒剤ってなんだよ。ってかお前は一体誰だ?人の家で何してる?!」
そう、ここはパリの家。
幼い頃に家族と住んでいたアパルトマンだ。
「細カイコトハイズレワカルカラ。モウ時間ガアリマセーン。」
「だから、時間がないとかじゃねー!おれの質問に答えろ!!じじぃ!!」
「ヤレヤレ、口ノ悪サハ今モ昔モ変ワリマセンネー。」
「ギョギョー」
両手を上にあげて呆れる老人と、同調する謎の物体。
のだめと知り合って以来、変態に付きまとわれているだけでなく
金髪ともじゃもじゃもおまけでついてきた。
が、この二人はそれを上回る衝撃だ。
怪しい片言の日本語をしゃべるじじぃと、黒い三角形のしゃべる物体。
しかも、あっちに現れた『おれ』を知っているらしい。
「・・・質問に答えろ。何故ここにいる?」
二人(一人と一匹?)と正面に対峙する。聞きたいことは山のようにあるが
とりあえずこいつらの目的が分からないと対応できない。
「ちあきカラ何モ聞イテナイノ?時間ナカッタカラ仕方ナイカ。」
老人はゆっくりこちらに近づいてきて、何かを差し出した。
「向コウニ、君ノ知ッテル「ノダメ」ガ寝テル。高熱デ、ホトンド意識モナイ。」
「えっ?」
「熱ハ風邪ノセイダケド、コッチニキタノハ薬ノ飲ミ合ワセが悪カッタノガ原因。」
「その薬って、もしかして・・・」
「ソ。[皇帝]ト「げどークンノどりんく」ヲ同時ニ飲ンダセイ。」
「・・・おれにどうしろって言うんだ?」
「ダカラ、サッキカラ言ッテルデショ?解毒剤飲マセテ。口移シデ。」
くちうつし・・・?
今このじじぃ何て言った?
おれが
あの変態ゴミ女に
口移し??
あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。
もっかいついでに、あり得ない。
「な・・・何でおれがそんなことしなきゃならないんだ!」
「確実ニ薬ヲ摂取サセナクテハナリマセン。意識ガナイ相手ニ飲ミ込マセルニハ
口移シガ一番デス!」
「そうじゃなくて・・・何でおれなんだ!?」
「本人ノゴ指名デス。アナタ自身ノ。」
「知るかっ!ってか・・・おれがおれを指名って何なんだ!おれがおれに
あの変態に口移しで薬飲ませろって言ったのか?!」
「oui」
「理由は?!何でおれじゃなきゃダメなんだ!!」
「別ニ私タチノドチラカデモ良カッタンダケド、絶対ニダメッテ言ッタノ、キミダヨ?」
「おれじゃねぇ!あ、いやおれかもしれないけどおれには関係ない!!」
「デモ、コノママジャキミモ向コウニ帰レナイヨ?」
帰れない。
そう言われて、言いようのない焦燥感に駆られる。
ここはパリ。
あれほど望んでいたヨーロッパ。
ここでなら、ヴィエラ先生の元で思う存分勉強ができる。
なのに
何だこの気持ち。
「キミガ解毒剤ヲ飲マセナイト、「ノダメ」モ元ノ世界ニ帰レナイ。ソシテ
過去ニ行ッタモウ一人ノキミモ。」
自分の意思とは関係なく右手が動いて、老人から小瓶を受け取る。
のだめが寝ているという部屋のドアはうっすら開いていて
ベッドと布団が見える。
「あそこにいるのか・・・?」
視線をのだめのいる部屋に向けたまま問いかける。
老人はニタァと顔を歪めて笑い、こくりと頷いた。
ゆっくり歩を進め、部屋のドアを開ける。
ベッドに近づくと、額に冷えピタを貼って荒い息遣いで眠るのだめがいた。
覗き込むと、何やら魘されているようだ。
「・・・ん・・・コンクル・・・センパイと・・・ヨーロパで・・・」
夢の中でもピアノを弾いているのか。
「お前に追いつきたい一心でここまで来たんや。」
ハリセンの言葉が蘇る。
はぁ・・・
のだめの首の下に腕を差し込み、上体を起こす。
汗ばんだ頬に張り付いている髪の毛をそっと撫で落として
立てひざで背中を支えた。
「これ、大丈夫なんだろうな?」
部屋の入り口で様子を見ている老人は、早く飲め!と言わんばかり。
「サァ・・・飲ンダコトナイカラ分カリマセーン。」
あっけらかんとした答えに、内心殺意が芽生える。
小瓶の蓋を開けて、内容物を口に含む。
恐る恐る近づく、のだめの顔。
えーーーーい!蜂に刺されたと思え!
これは事故だ!!
キングオブ不幸な事故だ!!
じじぃ、てめぇ後でぶっ殺す!!
顎をひいて口を開けさせ、そのまま自らの唇を寄せる。
熱の所為で火照ったそこは、思いのほか柔らかく
雄としての本能を呼び覚ましそうになる。
すんでのところで踏みとどまり、口の内容物をのだめに移す。
こくん。と飲み込んだのを確認して、ベッドに降ろそうとしたときだった。
あったはずの景色はまたしても真っ白に塗りつぶされたかと思うと
今度は床が抜けたような、落下する感覚。
まるでゆらゆらと小さな石が湖に沈んでいくような。
「我々ハコレデ退散スルヨ。モウ一人ノキミニモヨロシク。」
「ギョギョーッ!」
上のほうからかすかに聞こえる老人と物体の声。
ゆっくりゆっくり沈んでいく自分の体。
今度は意識を手放すまいと必死に抗ったが、やはり気が遠のいて行った。
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